デッドマネーは悪か? (前編)トレード/リリース編
Ames · 2023年10月6日
今週、AFC東地区からLACのCBのJ.C. JacksonがNEにトレード、DENのRandy Gregoryがリリースされるというニュースが同時に報じられました。FAの大型5年契約の2年目に2人とも放出(しかも同じ日に)というのは珍しかったので、これを機会に久々にサラリーの記事を書いてみたいと思います。テーマは「デッドマネー」です。
僕の記事、結構幅広い知識層の方が読んでくださってる印象なので、今回は 「デッドマネーとは何か?」という所から始めてなるべく分かりやすい文章を目指して 書いてみます。詳しい方にとってはやや内容が薄い記事かもしれませんが、ご容赦ください。
1. デッドマネーが発生する仕組み
1.1. NFLのサラリーの種類について
まずは、NFLのサラリーの基本から。詳しい方なら知ってる話だと思うので、その場合は飛ばして1.2.へ進んでください。基本的なNFL選手のサラリーは Base salary (基本給)と Signing bonus (契約金)の2種類に分かれており、それぞれ次のように支払う時期とキャップヒット(その年のサラリーキャップへ計上する金額)の扱いが決まっています。
- Base salary (基本給):
- 支払う時期:レギュラーシーズン中の18週間にその年度分を1/18ずつ毎週支払う(正確にはRS期間以外の18週間を合わせて36週に分けて支払われるが、制度上は関係ない。NFL選手にならない限り。)
- キャップヒット:支払った年のキャップに一括計上
- Signing bonus (契約金):
- 支払う時期:契約した時点で一括で支払う
- キャップヒット:支払った年から最大5年間分割して計上できる
で構成されます(最近の契約だとRoster bonus/Option bonus/Incentiveが入る場合も多いですが、今回はあまり関係ないので省略します)。
1.2. J.C. Jacksonを例に見てみよう
J.C. Jacksonの2022年FA契約を伝えるツイート:
具体例として、今週トレードされたJ.C. Jacksonの契約について見てみましょう。FAで2022-2026の5年間の総額$82.5Mの契約でしたが、内訳は以下のように決まっていました。
- Signing Bonus:$25.0M
- Base Salary:$3.0M (2022), $14.0M (2023), $14.4M (2024), $14.0M (2025), $14.1M (2026)
(Spotrac より)
1年目の2022に着目し、まずは 実際にJ.C. Jacksonに支払う金額 について考えると、2022年に契約したらSigning Bonusの$25Mをその場で支払い、その後レギュラーシーズンに入るとBase Salary $3Mが18週間に分けて支払います(2022年合計$28M)。
ところが、チャージャーズの2022年のキャップヒット(サラリーキャップ上で計上する金額) は支払った$28Mではありません。Signing Bonusの$25Mは5年で分割して、2022-2026に毎年$5Mずつ計上します。これに2022年分のBase Salaryの$3M分(一括2022年に計上)を加えて、計$8Mが2022年のキャップヒットとなります。
つまり契約を結んだ時点で、実際に$28M払っているのにサラリーキャップには$8Mしか計上しない ため、「差額$20Mの先送り」が自動的に発生しているわけですね。この先送りした分は、2023-2026にかけて分割計上し、契約が満了した際には「キャップヒットの合計額 = 支払った総額」になります。最終的に帳簿が合うというのは大原則です。
5年間のキャップヒットをグラフにしてみると次のようになります。
ちなみに、よく言う「サラリーキャップ」とは、その年に全選手に払う金額の合計ではなく、この計上する「キャップヒット」の合計額のことで、これに上限が決められているというわけです。実際2022年のサラリーキャップは$208Mでしたが、下ツイートのように各チーム支払った金額はバラバラですね。
各チームの実際の支払い額とキャップヒットの違いを示すツイート:
1.3. 契約を途中で打ち切ると?
「デッドマネー」とは、基本的に 契約を途中で打ち切った場合(トレードorリリース)に発生 するものです。NFLのサラリーには、契約を途中で打ち切った場合には以下の原則があります(例外はあります)。
- 原則1: 既に支払い済みの給料は返って来ない、サラリーキャップにも計上される
- 原則2: まだ支払っていない給料は支払う必要はない、契約終了とともにサラリーキャップへのヒットも消える
具体例で続けましょう。J.C. Jacksonは2023年のWeek4が終わった今週、LACからNEにトレードされました(この際、NEとLACの間で追加負担の交渉があったのですが、一旦何の修正もせずにそのままの契約でトレードした場合で考えます)。
先ほどのグラフで言うと、LACが支払い済みの給料は
$32.7M = Signing Bonus ($25M) + 2022年のBase Salary ($3.0M) + 2023年のWeek4までのBase Salary (4.7M)
です。これがチャージャーズが支払い、サラリーキャップに計上する合計額です。契約の残りの$49.8M (= 82.5 - 32.7)はトレード先のNEに引き継がれ、支払う必要はありません。先ほどのグラフを使うと、次のようなイメージです。
網目がついた部分は既に支払い済みでLAC持ち、残りの半透明の部分はNEへ引き継がれ、LACのキャップヒットから消える。NEとしては、残り4年間合計$49.8MでJ.C. Jacksonを使える。
1.4. デッドマネー = 先送り分の清算
このように契約を打ち切った場合、J.C. Jacksonは2023-2026のLACのキャップ上で「ロースターに存在していないのに、キャップヒットだけが残る」という状態になり、この分の金額を「デッドマネー」と呼びます。
ここで一点注意なのが、「Signing Bonusを最大5年で分割できるのは、その選手がロースターにいる間だけ」というルールがあることです。
J. C. Jacksonの場合2023年シーズンはもう始まっているのでそのまま(支払い済みの$9.7Mがデッドマネーとして計上)ですが、2024-2026については上のグラフのように毎年$5Mずつに分割して計上するのは許されず、2024年に残り3年分の$15Mがまとめてデッドマネーとして計上 されます。
来年以降のデッドマネーは3年に分割されたりせず、2024年にまとめてヒットして動かせない。
ちなみに、「2023年シーズンはもう始まっているのでそのまま…」と言いましたが、この「シーズンが始まった」と定義されるのが毎年6/1です。5/31までにトレード/リリースした場合はその年度に全額まとめてヒットします。今年のDeandre Hopkinsとかそうでしたね。「6/1を過ぎるとデッドマネーを2年に分割できる」とかたまに聞くのもこの話ですね。ただし、いずれの場合もデッドマネーの総額は変わりません。
1.5. 発展:トレードを容易にするための「契約再構築」
ちなみに、今回の場合、上記のような単純なトレードではなく、「LACが今年のサラリーを一部負担する」形でのトレードでした。(去年のCLE→CARの Baker Mayfieldのトレード とかと同じです)
Jacksonトレードの条件を伝えるツイート:
J.C. Jacksonの2023年のWeek5以降のBase Salaryは計$9.3Mあり、本来ならこれは未払いなのでLACではなくトレード先のNEにそのままヒットします。ところが、今回はこのサラリー負担をNEが渋ったと思われます(おそらくNE以外にトレード先候補もなかった、驚きはないですが)。
そこで、ChargersはWeek5以降の Base Salary $9.3Mのうち$7.7M分を先にJacksonに支払う ことにしました。これにより、今年の未払い分(=NEに引き継がれる分)は残り$1.6Mに減り、これがトレード後のNE負担 となります。グラフにすると、次のような形です。
鋭い方なら、「あれ、追加で支払った分は今年に$7.7M計上するんじゃないの?」と思うかもしれません。実はここでLACは 追加の$7.7MをSigning Bonus扱いにし、今年と来年で2分割で計上 にしています(既に全額支払っているので、Signing Bonusと同じ扱いにできて分割可能)。
これは、毎年2月3月にSaintsを中心に多くの財政難チームがやっている 「契約再構築(restructure)」 (通称:リボ払い)と同じ原理 です。あれも、その年に支払う予定のBase Salaryの一部を先に払ってSigning Bonus扱いにすることで、最大5年の分割を可能にしてその年のキャップヒットを下げています。
最終的に、修正後の 今回のトレードでは2023年に$13.5M、2024年に$18.8Mの合計$32.3Mのデッドマネーが発生 することになりました。
2. 「今年終了後のリリース」ではなく「シーズン中トレード/リリース」を選ぶのはなぜ?
2.1. J.C. Jackson (LAC) の場合 (トレード)
本来不要な選手のトレードというのは「未払い分のBase Salaryを支払わなくて良くなる」のが最大のメリットです。ところが、今回LACは追加負担$7.7Mをしたために、2023年分で支払わずに済んだ分はNEが引き継いだ$1.6Mのみ。2024年以降は保証額もないため、「2023年中はチームに残し、2024年前にリリース」という選択肢と比べるとサラリー上ではこの$1.6Mしか差がありません。
つまり、
- $1.6Mが浮く
- Week5以降、Jacksonの分のロースターが1枠空く
- ドラフト指名権 (2025年の6巡7巡のスワップ)
- 選手との関係、ロッカールームの雰囲気(?)
という トレードの4つの考えられるメリットの合計が、「Week5以降今年終わりまでJ.C. Jacksonを使える」というメリットを上回る とLACが判断したということになります。LACがJacksonを諦めたor関係修復が不可能になったのが相当な度合いだったことがよく分かります。こんな風にサラリー関係を追うと、選手とチームの関係性が見えてくるのは面白いところですね。
Jacksonのパフォーマンスを巡る動向:
2.2. Randy Gregory(DEN)の場合(リリース)
また、J.C. Jacksonと同様に、DENのRandy Gregoryも2022-2026年の5年$70Mの契約の2年目途中でリリースされました。
これに関しては正直J.C. Jackson以上に衝撃でした。なぜなら リリースの場合は支払い済みのサラリーに加え、支払っていない給料のうちフル保証されているサラリーも追加で支払う必要があるため です(トレードの場合はフル保証も含めトレード先に引き継がれ、元チームは支払う必要なし、以前の保証額に関する記事 も参照)。
Gregoryの今年のBase Salaryは全額保証されていて、リリースした後の今年分全てを支払う必要があります。サラリーキャップ的には今シーズン後のリリースと比べて全く違いがありません ($1.6Mすら浮かない)。ドラフト権もないので、
- Week5以降、Gregoryの分のロースターが1枠空く
- 選手との関係、ロッカールームの雰囲気(?)
が、残しておくメリットを上回るとDENが判断したわけです(プレイ時間の減少が受け入れられずリリースを要求した、みたいな噂も)。結果的に、デッドマネーは2023年に$16.1M、2024年に$6.3Mの計$22.4Mでした。
Gregoryリリースを報じるツイート:
(10/6追記)リリースと報じられていましたが、オフィシャルに手続きする前に49ersがトレードすることに!
J. C. Jacksonと全く同じで、Broncosが残りのサラリーのほとんどを先払いして引き受けたそうです。Denverとしては、リリースするのに比べてメリットしかないので当然受け、49ersとしても今年残り$1Mで使える(今後いつカットしてもデッドマネーなし)ということで飛びついたようです。
GregoryのSF行きを伝えるツイート:
3. 「デッドマネーが多い=悪いこと」なのか?
今回の放出でJ.C. Jacksonは $32.3M とかなりの金額のデッドマネーを残すこととなりました(デッドマネーの最大記録が確かMatt RyanとAaron Rodgersの$40Mとかなのでなかなかの記録)。一般にデッドマネーは「悪いもの」と見なされます。実際、アクティブな選手のサラリーと違って調整したり動かしたりできないため、増えすぎると本来のサラリーキャップが圧迫されて選手獲得の自由度が下がる というデメリットはあります。
ただ、「デッドマネーが多い = 放出の判断が間違い」というのはやや短絡的だと思っています。今回、Jacksonを2023年シーズン終了までキープしてからリリースしていたらデッドマネーの総額は$15M、2024年シーズン後なら$10M と、やや見栄えが良くなっていました。しかし、デッドマネーの多さを理由に「Jacksonを2023年末、2024年末まで残すべきだった」かというと、そうは思いません。なぜなら、先まで残した場合にはデッドマネーの見かけの額は下がりますが、「デッドマネー」でなく「通常のBase Salary」として支払われるだけで、ChargersがJacksonに支払う給料の合計はどんどん増えていく からです。
もちろん、それに見合うだけの活躍をできるなら良いですが、今年の試合を見ていた限りでは全くその兆候はありませんでした。healthy inactiveだったり、ほとんどのスナップで出なかったり。それを修正できる見込みがないなら、早いうちに放出するというのは正しい判断ではないでしょうか。
また、実はデッドマネーの総額($32.3M)だけ見ると派手ですが、今回の場合、実はChargersがJacksonに払った総額は$40.3Mです。つまり、5年$82.5M ($16.5M/年)の契約を2年$40.3M ($20.2M/年)で終えた ことになります。パフォーマンスを考えるともちろん大失敗ではありますが、チームを揺るがす常識外れなレベルの損をしたというほどでもありません。僕はこういう選手が推しチームで出た時は、怪我をしたと思うことにしています。
個人的には、「デッドマネー」という言葉は「無駄なお金」というニュアンスが感じられてあまり好きではないです。契約更新したばかりの選手が不祥事/トラブルでリリースとか、ルーキーを切るとか完全に「無駄」なデッドマネーもありますが、戦略的に考えた結果デッドマネーとして計上 されることもあります。
「デッドマネーが多いから弱い、勝てない」というのはやや古い考えで、最たる例で言えば、2022年のEaglesはSBに出ましたが、サラリーキャップの約3割の$60Mがデッドマネーでした。良いデッドマネーと悪いデッドマネーがある、というのが僕の持論です。
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