他のスポーツの経験はQBに必須?〜NFLでのマルチスポーツ出身アスリートの活躍を追う
Ames · 2023年11月18日
Kyler Murrayの復活を記念して、今日は『 マルチスポーツの経験者はNFLで有利なのか? 』についての研究を2本紹介します。
1. Kyler Murrayが復活!
昨年のACLの故障から復活し、Week 10でNFC南地区の単独首位を守っていたATLを破ったARIのKyler Murray。故障で最大の武器であるmobilityがどうなるのかという点が注目でしたが、4Q最後のプレーを見た感じ問題なさそう。
Week 10でATLを破ったKyler Murrayの4Q最終プレー:
SFと同地区ですが、元々過小評価が酷いなぁと思っているQBで、個人的には応援している選手です。 ルーキー契約中にORoYとプロボウル2回を 残念なGMとHCの下で取ってるのに、1回プレーオフで酷い負け方をして、フィルムをあまり見ないって話が出たくらいでバスト扱いされるのは流石に可哀想です。
2. 野球はQBの必須条件?
さて、Murrayといえばドラフト時に話題になったのが、 MLBとNFLの両方でドラフト1巡目指名された史上初の選手 という話です。
- 2018年6月:2018年MLBドラフトで、 Oakland Athleticsから外野手として1巡9位
- 2018年9月〜:先発QBとして活躍、ハイズマン賞受賞
- 2019年4月:2019年NFLドラフトで、 Arizona Cardinalsから1巡1位で指名
というなんとも輝かしい経歴。
Kyler MurrayのMLB・NFL両ドラフト1巡目指名に関するツイート:
ただ、Murrayのように両方でドラフト1巡目指名こそ他にいないですが、「 野球もやっていたNFL選手 」自体は全然珍しくありません。古くにはBo Jackson、最近だとPatrick Mahomes (KC)、Russell Wilson(DEN)、Tom Brady (元NE, TB)あたりは有名かなと思いますが、実は野球経験のあるQBだけで全ポジション集まるそうです(昔のツイートでなぜか調べてた)。キャパニックとブレイディのバッテリー、息合わなさそう。
NFL選手(QBを含む)の高校・大学時代の野球経験リスト:
BradyとMahomesと聞くと、「 野球をやることでアメフトにも好影響が出るのかも? 」という仮説を立てたくなりますよね。実際Mahomesのプレーとか見ていると、体重移動、走りながら投げる技術、サイド気味のスローなど、明らかに野球のショートの動きが出ている気がします。
3. マルチスポーツの利点は既に確立
CMCによるマルチスポーツ経験の重要性についてのツイート:
CMCもこのように言っていますが、実はマルチスポーツの利点(というより、若年期に1つのスポーツに絞ることのリスク)というのはアカデミアで既にかなり研究されていて、
「 若年期に1つのスポーツに絞ると筋肉の酷使による怪我、燃え尽き症候群を誘発するリスクが高くなる 」
という点は多くの研究で一致しています。現在では 複数のスポーツ医学系の学会が「1つのスポーツへの専念を強要しない」ように勧告 しているくらいです。
細かい研究は近年さらに進んでいて、抜粋すると…
- スポーツ全般: 1つに絞った方がジュニア期は活躍できるが、マルチスポーツの経験者の方が大人になってからは活躍しやすい (Barth, 2022)。ただ、1つのスポーツに専念した方が大学の奨学金などを得やすく有利という考えが普及しており、選手はしばしば1つに専念するよう指導される(Bell, 2017)。
- MLB:約半分のMLB選手(特にアメリカ以外出身の選手)は若年期にスポーツを野球のみに絞る傾向があるが (Ciccotti, 2020)、 高校入学以前に野球のみに絞ると重めの怪我をする確率が増え (Deitch, 2017)、 特に利き手の上肢の怪我率が増え、通算のMLBでの出場試合数も低くなる (Lynch, 2019)。
- NBA: バスケットボールのみをやっていた選手は試合出場率が低く、大きな怪我を負う確率もマルチスポーツ出身選手に比べて高い (Pandya, 2017)
という感じで、やはり怪我リスクの違いは多くの論文で指摘されています。(日本と違って体育とかも少ないので、さらに集中してしまいそう)
そんな中、 NFLのマルチスポーツアスリートに関する学術研究は比較的少なく、 (把握している限り)現在まだ2つ のみです。今回の記事ではその2つを紹介したいと思います。
4. 論文その1:NFLの1巡指名のほとんどはマルチスポーツアスリート
1つ目は、ポジションは関係なく、 NFLの2008-2017年の1巡選手をマルチスポーツとシングルスポーツ経験者に分けて怪我や活躍を研究 した2021年の論文です。
"The prevalence of high school multi-sport participation in elite national football league athletes" Steinl, G. K.; Padaki, A. S.; Irvine, J. N.; Popkin, C. A.; Ahmad, C. S.; Lynch, T. S. The Physician and Sportsmedicine, 2021, 49, 476.
4.1. 研究手法と結果
- 2008-2017の1巡指名選手318名について、高校でのスポーツ経験とプロでの活躍、怪我歴を調べた。
- 88%に当たる280名がマルチスポーツ 、残り38名がアメフトのみだった
- NFLの通算出場試合数、怪我による欠場数、プロボウル選出数を比べると、 マルチスポーツ/シングルスポーツ間で有意差は見られなかった。
- シングルスポーツの方が体重が15ポンド程度重いという結果があったが、これはシングルスポーツ経験者の方がラインマンの割合が高いことの影響で本質的ではないと考えられる。
4.2. 著者の考察
- プロでの活躍自体には差がなかったが、1巡指名選手の88%をマルチスポーツ経験者が占めるというのは興味深く、 他のスポーツを通じて得た能力や器用さがエリート選手に成長するのを助けている のだろう(他の研究結果とも一致)。
- MLBやNBAの結果と異なり、怪我に関しても有意差がなかったが、これは NFLの怪我が外傷性(traumatic)のものが多いことが影響 していると考えられる (i.e. 筋肉の使いすぎなどによるものは少ない)。例えば上肢の怪我では、骨折や脱臼がNFLでは一番多いのに対し、酷使による靭帯の怪我が野球では一番多い。
4.3. 感想
面白い&新しい研究ですが、データがかなりマルチスポーツに偏っていること、全ポジションを一色単に取り扱っているため限界が多めに思えます。共通のスタッツがないためプロボウル選出数を活躍の目安にしていますが、選出されやすさもポジションによって違いますし。また、NFLだと分業がかなり大きく、ポジションによって使う筋肉や動きもかなり異なる(1巡に絞ったことで、ST専門やパンター、キッカーは除けていそうだが)のも影響がありそうです(下はQBからTEに移って増量した例)。
QBからTEに転向した選手の増量の例:
5. 論文その2:QBではマルチスポーツアスリートの方が好成績
では、ポジション別にするとどうなのか?
2つ目は、ポジションをQBに絞って NFLの1995-2020年の全QBをマルチスポーツとシングルスポーツ経験者に分けてパフォーマンスを研究 した2022年の論文です。
"National Football League (NFL) quarterbacks who were multisport high school athletes have better in-season performance statistics and career success" Allahabadi, S.; Gatto, A. P.; Kopardekar, A.; Davies, M. R.; Pandya, N. K. The Physician and Sportsmedicine, 2022, 51, 320.
5.1. 研究手法と結果
- 1995年から2020年に403名のQBを、高校でのスポーツ経験で分類した。 403人中223人(55%)がマルチスポーツ 、180人(45%)がシングルスポーツ出身だった。
- 以下のように、 マルチスポーツ経験のあるQBの方が長いキャリア を残した。
- さらに、8試合(レギュラーシーズンの半分)以上出場したQB(298人、うち178人(80%)がマルチスポーツ出身)に限定して、 活躍度合(レギュラーシーズンとポストシーズンのパスヤード、TD数、パス成功率、INT数、ランヤード、QBレーティング、プレーオフ出場数、プロボウル、MVP、スーパーボウル制覇数)を調べた。
- 以下のように、 マルチスポーツ経験のあるQBの方が総じて良い成績 を残した(すべて有意な差)。
5.2. 著者の考察
- 先行研究の「1巡指名全体の88%がマルチスポーツ」という結果に比べて、 QBでは複数スポーツ経験者の割合が低い (55%)。 1人しかいないポジションで、特殊なスキルが求められるため早期からアメフトに集中する選手が比較的多い のだろう。
- プレーオフでのパフォーマンスには相関は少なかったが、これは試合数の少なさや、「プレーオフに出られるレベルのQBの間ではスポーツ経験の差異は少ない」ということが考えられる。
5.3. 感想
プレーオフの結果についてはこの期間だとTom Bradyがデータを歪めている気がしなくもないので参考程度だと感じますが、MLBやNBAの研究結果とも一致するので 確かにQBに関しては「マルチスポーツが有利」だと言えそう です。
著者は書いていませんでしたが、アメフトで圧倒的に一番ボールを投げるポジションなので、その点で野球やバスケなど他のスポーツとも共通点が多く、他のスポーツで得たスキルが活かしやすいというのも頷けます。
有名QBの野球経験を確認した結果。Brock Purdyが野球経験者と判明してガッツポーズ、Derek Carrは確認できなかった
6. まとめ
以上、現時点ではNFLでのマルチスポーツに関する研究2本を簡単に紹介しました。いずれも、著者の考察がとても面白かったです。
また、「マルチスポーツ」とはまた違いますが、相撲とかAustralian Footballとか、他のスポーツの経験者でアメフトの上達が早い人の話も最近よく聞きます。他のスポーツで得た能力を活かせると強い、というのは納得です。
最近のこのテーマの論文のペースからして、 NFLでの活躍度合いの研究は今後もどんどん出てきそう です。QB以外のポジションを考察しても面白いし、他のスポーツが何だったのかを調べてもいいし、マルチスポーツじゃなくて転向の例を見てもいいですね。いくらでも研究テーマが思いつきそうです(羨ましい)。何十年後かには、「NFLでQBをやるなら、何歳から何歳までこのスポーツのこのポジションをやるべき」みたいな方法論すら確立されているかも。また面白い内容があれば紹介します。
お読みいただきありがとうございました。
6.1. (おまけ)気になっている最近の他スポーツからのアメフトへの転向の例
他スポーツからアメフトへの転向例①:
他スポーツからアメフトへの転向例②:
他スポーツからアメフトへの転向例③:
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