- 民事訴訟: 2021年3月、マッサージ施術中の性的違法行為を訴える最初の民事訴訟が提出され、2022年6月までに24件へ増えた。Watsonは違法行為を否定し、性的接触は合意の上だったと主張した
- 刑事手続: Texas州の二つの大陪審は2022年3月、計10件の刑事告発について起訴しなかった。これは無罪判決でも、民事上の事実認定でもない
- NFLの判断: 独立規律担当者Sue L. Robinsonは、リーグが提示した4件についてPersonal Conduct Policy違反を「証拠の優越」で立証したと判断した
- 最終処分: NFLとNFLPAは11試合の無給出場停止、500万ドルの罰金、専門家による評価と治療計画で合意した
- Clevelandの賭け: Brownsは3年分の1巡指名権を含む6指名権をHoustonへ渡し、Watsonと5年2億3,000万ドル、契約全額が署名時保証される契約を結んだ
- 競技面の結果: 2022〜24年は19試合先発にとどまり、2025年はAchilles腱の再手術後に全休。2025年、Jimmy Haslamは獲得を「big swing and miss」と評した
2022年8月、11試合停止と500万ドルの罰金が決まった際の解説:
1. 2021年、最初の民事訴訟
Deshaun WatsonはHouston Texansで3度Pro Bowlに選ばれ、2020年にはNFL最多の4,823パスヤードを記録した。一方、2021年1月には球団へトレードを求め、その後のシーズンは試合に出場しなかった。
2021年3月16日、Houstonでマッサージを提供した女性が、施術中に性的違法行為があったとして民事訴訟を起こした。数週間で同様の訴えが22件に増え、2022年6月までに24件となった。訴状には性的嫌がらせや暴行を訴える内容が含まれた。
これらは原告側の申し立てであり、すべてが裁判で事実認定されたわけではない。Watsonは一貫して違法行為を否定し、性的な接触があった場合も合意の上だったと主張した。事件を整理するには、原告の主張、Watsonの否定、民事訴訟の結果をそれぞれ分けて扱う必要がある。
Houston Texans時代のDeshaun Watson(撮影: Jeffrey Beall, 2018年, CC BY 4.0, Wikimedia Commons より)
2. 「66人」は原告数ではない
2022年6月、New York Timesは、Watsonが2019年秋から2021年春までの17か月間に、少なくとも66人の異なる女性へマッサージを予約していたと報じた。この数字は、取材で確認された施術者の人数であり、民事訴訟の原告数でも、性的違法行為を申し立てた人数でもない。
同紙は、TexansがWatsonにHoustonian Hotelの会員資格を提供し、球団の警備担当者が用意した秘密保持契約書をWatsonが施術前に使用した例も報じた。球団は、申し立てを2021年3月に初めて知り、捜査やNFLの調査へ協力したと説明した。
2022年7月、Texansは球団に対して請求を行った、または行う意向だった30人の女性と秘密和解に達した。球団はWatsonの行為を把握していたとの主張を否定した。ここでも「球団が和解した」ことは、個々の申し立てを裁判で認めたこととは同じではない。
3. 二つの大陪審が起訴しなかった意味
Houston警察は刑事捜査を行い、2022年3月11日、Harris Countyの大陪審は9件の刑事告発についてWatsonを起訴しなかった。3月24日にはBrazoria Countyの別の大陪審も、10件目の告発について起訴しなかった。
大陪審が起訴しない判断をしたことは、刑事裁判へ進むための相当な理由を認めなかったことを意味する。刑事裁判で無罪評決を受けたわけでも、すべての接触が合意だったと認定されたわけでもない。民事手続はより低い立証基準を使い、NFLは労使協定とPersonal Conduct Policyに基づく独自の規律手続を行うため、刑事不起訴の後もそれぞれ継続した。
| 手続 | 判断主体 | 2022年の結果 |
|---|---|---|
| 刑事 | Texas州の二つの大陪審 | 計10件で起訴せず |
| 民事 | 当事者と裁判所 | 24件のうち20件が6月に秘密和解。後に23件が和解 |
| NFL規律 | 独立規律担当者、NFL、NFLPA | Policy違反を認定し、最終的に11試合停止と500万ドル罰金 |
この三つは、同じ出来事を扱っていても、目的、証拠、立証基準、可能な処分が異なる。
4. Brownsが差し出した6指名権と2億3,000万ドル
刑事の最初の不起訴判断から1週間後の2022年3月18日、BrownsはWatsonの獲得に合意した。Houstonへ渡した対価は、2022、2023、2024年の1巡指名権、2022年4巡、2023年3巡、2024年4巡の計6指名権だった。TexansからはWatsonと2024年6巡指名権がClevelandへ移った。
さらにClevelandは、5年総額2億3,000万ドルの新契約を結んだ。2億3,000万ドル全額が署名時に保証され、当時のNFLで保証総額の記録となった。(詳しい仕組みは保証額の解説記事とサラリーキャップ用語集の「完全保証」でを参照)
初年度は4,496万5,000ドルの署名ボーナスに対して、基本給が103万5,000ドルという構造だった。11試合停止で失った通常給与は63万2,500ドルにとどまり、別に500万ドルの罰金が科された。Brownsは、停止時の損失を減らすために契約を設計したとの見方を否定した。確認できるのは「停止年に没収対象となる基本給が低かった」という構造であり、その意図まで事実として断定することはできない。
Cleveland Brownsのトレーニングキャンプに参加するDeshaun Watson(撮影: Erik Drost, 2023年, CC BY 2.0, Wikimedia Commons より)
5. Robinsonの6試合判断
2022年8月1日、NFLとNFLPAが共同で選んだ独立規律担当者Sue L. Robinsonは、6試合の無給出場停止を決めた。NFLが数十件すべてを規律手続へ提出したのではなく、調査した中から4件を代表例として提示した。
Robinsonは、その4件についてNFLが立証責任を果たしたと判断した。
"carried its burden to prove, by a preponderance of the evidence"
(証拠の優越という基準で、立証責任を果たした)
判断は、WatsonがNFLの定義する性的暴行、他者の安全と福祉へ真の危険を及ぼす行為、リーグの品位を損なう行為によりPolicyへ違反したとした。行動パターンを「egregious」「predatory」と表現する一方、暴力を伴わない性的行為に対する過去の処分例と事前の明確な通知が不足していたため、従来例を超える処分を独立担当者として科せないと結論づけた。
つまり、最初の6試合は「NFLが違反を立証できなかった」結果ではない。違反認定と、過去の規律基準に照らした処分期間は別の論点だった。
6. 控訴から11試合停止、500万ドル罰金へ
NFLは8月3日、6試合では軽すぎるとして控訴した。新しい労使協定上、コミッショナーRoger Goodellは控訴を自ら審理するか、別の人物を指名できた。Goodellは元New Jersey州司法長官Peter C. Harveyを指名した。
Harveyが判断を出す前の8月18日、NFLとNFLPAは和解した。最終処分は11試合の無給出場停止、500万ドルの罰金、専門家による行動評価と治療計画への従属となった。NFL、Browns、Watsonの拠出による計700万ドルは、性的違法行為の予防や被害者支援を行う団体へ充てるとされた。
Watsonは処分合意後も、自身の潔白を主張した。規律手続の和解は、WatsonがNFLの認定を全面的に認めたという意味ではない。一方で、本人が否定を続けたことも、RobinsonがPolicy違反を認定した事実を消さない。
7. 民事訴訟と2024年の別件
2022年6月、当時の24件中20件が秘密和解となり、8月までに23件が和解した。その後も新しい訴訟が提出され、2021年以降の関連訴訟は合計27件となった。
2024年9月には、2020年10月の私的な面会で性的暴行を受けたとする別の女性が提訴した。これは2022年の規律和解後にNFLへ報告された別件で、Watson側は強く否定した。民事訴訟は同年10月に秘密和解となった。
NFLはこの2024年の申し立ても個別に調査し、12月にPolicy違反を認定するための証拠が不十分だったとして終了した。これは2022年の違反認定を覆したものではなく、2024年の別件についてリーグが処分基準を満たさないと判断したという意味である。
2026年2月、最後に残っていた関連訴訟2件が棄却され、係属中の民事訴訟はなくなったとAPが報じた。一件は秘密和解後の棄却で、もう一件の理由は公表されていない。和解や棄却による手続終了は、すべての申し立ての真偽を裁判が一括して判断したことを意味しない。
8. 「big swing and miss」
Watsonは停止明けの2022年に6試合、右肩の手術で終わった2023年に6試合、右Achilles腱を断裂した2024年に7試合へ先発した。Clevelandでの3年間は計19先発、9勝10敗、3,365パスヤード、19TD、12INT。2025年1月にはAchilles腱の再断裂で2度目の手術を受け、そのシーズンを全休した。
2025年3月、Browns共同オーナーJimmy Haslamは獲得判断を次のように評した。
"We took a big swing and miss with Deshaun."
(Deshaun Watsonについては、フルスイングして空振りした)
Haslamは責任を自分とDee Haslamが負うべきだと述べ、複数の指名権を失った穴から抜け出さなければならないと認めた。2026年は契約最終年だが、4,600万ドルの支払いは保証範囲にある。複数回の契約再構築は当年のキャップ計上を将来へ移せても、全額保証の支払義務を消すものではない。
この事件がNFL史に残したのは、一選手への処分だけではない。刑事不起訴、民事和解、NFLの違反認定は同じ結論ではないこと。そして、重大な未解決問題を抱える選手へ3年分の1巡指名権と記録的な全額保証を投じる組織判断が、長期にわたり戦力とキャップを拘束しうることを示した。